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横浜地方裁判所 昭和46年(ワ)430号 判決

原告

山田喜久治

右訴訟代理人

塩田省吾

外一名

被告

坂本一二三

外一名

右両名訴訟代理人

山岸文雄

主文

原告の請求を棄却する。

訴訟費用は原告の負担とする。

事実《省略》

理由

一請求原因第1項主張事実のうち、原告が本件土地の所有者であること、被告坂本が本件土地を昭和二五年二月一一日に原告から普通建物所有の目的で、期間一〇年と約し賃借したことは当事者間に争いがない。

右争いのない事実と〈証拠〉によれば、本件賃貸借期間は三〇年と解すべきところ、原告は被告坂本に対し、賃借地所内に新に建物を建設する場合は勿論既存建物に対し増改築若しくは大修繕をなす時は予め賃貸人に対し設計図面を示し賃貸人の承諾を得たる上工事に着手すべきことの特約で本件土地を賃貸したことが認められる。

二昭和四六年一月四日、被告佐野の失火により本件土地上の建物(以下旧建物という)が全焼したことは当事者間に争いがない。

〈証拠〉によれば、失火で旧建物が焼失した後坂本代理人山岸弁護士と佐野は原告に対し数回にわたり焼跡の土地に建物を新築することの承諾を求めたこと、更に原告代理人塩田弁護士にも承諾を求めたが、結局承諾が得られなかつたため、承諾を得られないまま本件建物を新築したこと、及び新築建物の規模・構造は旧建物とそれ程相違がないものであることが認められ他に前記認定を覆すに足りる証拠はない。

三原告は本件建物の新築をもつて、前記特約違反にあたり賃貸借契約は解除された旨主張するのでこの点につき判断するに、借地法第七条には、借地権の消滅前、建物が滅失した場合における残存期間を超えて存続すべき建物を築造する場合につき規定し、借地人の新規築造を前提とし、賃貸人の異議のない場合は、借地権が建物滅失の日から更に二〇年又は三〇年存続するものと定めているのであるから、元来、火災により建物が滅失した場合に建物を新築することは許さるべきである。

したがつて賃貸借契約中に新築・増改築の場合には賃貸人の承諾がいる旨の特約があつたとしても、借地人が火災によつて建物を滅失した場合、特に右新築を禁ずべき正当事由のない限り、右特約は無効と解すべきである。しかも、本件新建物の規模・構造は旧と同様であるのであり、右を禁ずべき正当事由の存在を認めるに足る資料はない。

そこで本件建物は誰れが新築したものであるか判断するに、その成立に争いのない〈証拠〉によれば本件建物は佐野が坂本から賃借していた旧建物を失火により焼失させたため、その損害賠償義務の履行として佐野が提供した資金により坂本が建築したと認定するのが相当であり、他に右認定を動かすに足る証拠はない。

以上のとおりであり、無断新築を理由とする原告の契約解除の主張は肯認できない。

四次に原告は坂本に賃貸借契約の継続を著しく困難ならしめるような不信行為があつたので解除した旨主張するので判断する。

(一)  被告佐野が被告坂本から本件土地上の家を借りて昭和三六年頃から現在の場所で飲食店を営んでいること、昭和四五年一〇月に本件土地の近隣にある被告佐野所有の従業員寮が失火により全焼したこと、更に昭和四六年一月四日やはり失火により旧建物を焼失したことは当事者間に争いがない。

なるほどこのように同一人が所有あるいは賃借占有している家屋が短期間のうちに二度も失火により全焼に至ることは希有の事例であり付近住民中に不安の気持が生ずることのあることは容易に推測し得るところである。しかし証人山田茂司並びに原告の供述以外付近住民が現に火災の不安を理由に被告佐野の使用に供する本件土地を賃貸することを強く反対していると認めるに足る証拠はなく、又、被告佐野本人尋問の結果によれば新築家屋には消防署の指導で防火材を使用し火災防止に留意していることが認められるので、右供述のみをもつて、本件土地の賃貸借を解除すべき理由があると解することは困難である。

(二)  次に証人山田茂司の証言によれば、同証人は被告佐野の隣に居住しているが被告佐野経営の飲食店は夜遅くまで騒音を出し、調理場から吐き出す臭気や汚水がひどかつたことがある事実が認められ、その成立に争いのない甲第一号証によれば、借地人が賃借地所又は其の地上の建物に於て付近の迷惑となるべき設備又は営業を為し、其他風紀衛生を害すべき使用に供したるときは、賃貸人は契約を解除することが出来る旨の特約があることが認められる。しかし〈証拠〉によれば、佐野はこれまで一〇年近く本件土地上で飲食店を営業してきたこと、被告佐野の前の賃借人はバーを経営していたこと、本件現場は金沢文庫前すずらん通り飲食店街にあり住宅街に比し、ある程度の騒音臭気はやむを得ないものであること、商店街の人は夜は店に泊らないことが認められ前示山田茂司以外近隣居住者に対し一般環境として前示特約に該当する状況を作出したと認められる資料はなく、右山田茂司との間における騒音臭気の点は特定当事者間の問題として改善する余地があること、が認められ、被告佐野の営業が、前示特約に反し、又は信義則に反するものとまで認めることは困難である。

(三)  〈証拠〉によれば坂本は昭和三三年頃地元商店街居住者に借財を残したまま失踪して以来本件建物の築造の問題についてまで原告と直接に交渉を持つていないことが認められ、継続的法律関係の一方の当事者として相手方に対し多分に不安を感ずる事態であるものと認められるが、被告坂本はその代理人として被告代理人を委任しており、同代理人において賃料を遅滞なく支払つているので、右状況も直ちに契約解除をなし得る信義則違反とまでは認め難いところである。

更に商店街居住者に対する借財を残したまま失踪することは商店街に対する不信行為であるが、右も近隣居住者に対する一般的生活不安を惹起していると認めるべき証拠はない。

(四)  以上の点を総合すれば、右(一)〜(三)までに認定した事実では被告坂本、被告佐野両名に、土地賃貸借契約の継続を著しく困難ならしめるような不信行為があつたとまではいまだ認め難いからこれを理由とする原告の解除の意思表示は効力を生じないと解すべきである。

五以上判示のとおりであるから原告の被告に対する本訴請求は理由がないからこれを棄却し、訴訟費用の負担については、民事訴訟法第八九条を適用して主文のとおり判決する。 (小河八十次)

別紙 第一・二目録〈省略〉

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